31番利生院について

利生院 境内

知多四国霊場開創200年を記念して、本寺でもある医王寺裏山にある境内外地に「修行大師」を建立し、上ノ山公園として整備も行われました。
では、知多四国31番利生院について、具体的な情報を見ていきましょう。

知多四国三十一番宝珠山(ほうじゅさん)利生院(りしょういん)真言宗豊山派の基本情報

本尊 不動明王
開山 秀圓法印(しゅうえんほういん)
開基 行基菩薩
御本尊真言 のうまく さまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや うん たらた かんまん
御詠歌 阿字の原 絶なく八つの 風吹けど 利生のちかひ 不動盤石
住所 〒470-3501 愛知県知多郡南知多町大井真向27
電話番号 0569-63-0233
ホームページ
公共交通機関 海っ子バス「大井」から約0.2㎞
札所までのアクセス 30番医王寺からすぐ/32番宝乗院まですぐ
地図

利生院のミニ由来

  1. 神亀2年(725年)宝珠山医王寺の十二坊中の塔頭(※)「東光庵」として開創された。
  2. 建暦2年(1212年)医王寺と共に現在地に再建された。
  3. 昭和57年、本堂が再建された。
  4. 平成20年、本寺である医王寺の裏山に「上陸大師像」と向かい合わせに「修行大師像」を建立し、「上ノ山公園」として整備した。
  5. (※)塔頭(たっちゅう)とは、祖師や高僧の墓塔のことをいいます。

由来を深掘りしてみた

利生院が、医王寺と共に現在地に再建されたのが、建暦2年(1212年)ですので鎌倉時代ですね。
鎌倉時代は、絵巻物が全盛期を迎えました。
「北野天神縁起絵巻」のような寺社の由来を描いた物語や
「法然上人絵伝」や「一遍上人絵伝」といった僧侶の伝記
また「平治物語絵巻」や「蒙古襲来絵巻」など合戦記を描いた絵巻もあります。
利生院には、絵巻ではありませんが、寺宝として両界曼荼羅うあ孔雀明王図などが大切に保管されています。
それでは、実際に利生院を参拝させていただいたときの様子を、写真を交えながらご紹介させていただきましょう。

写真で見る利生院

朱色の山門がひと際目を惹きます。利生院の御朱印は、利生院の目の前にある33番札所宝乗院でいただけます。
利生院 山門

境内は緑に包まれ静かで厳かな雰囲気を醸し出していました。
利生院 境内

御本尊不動明王が祀られている本堂。利生院は、寺宝としてそれぞれ3畳分ほどある「金剛界曼荼羅」と「胎蔵界曼荼羅」が大切に保管されています。
利生院 本堂

本堂よこに掲げられていた「成田山不動明王の看板」
利生院 不動明王

以下のように説明がなされています。

成田山不動明王
延暦二十三年(八〇四年) 弘法大師が入唐の際、浪風が荒れるたびに不動明王を念じた。するとそのつど不動明王が勇壮な姿を波間に表わし、降魔の剣を振つて波を切りしずめ、 風をはらつて船をみちびいた。おかげで大師は事 なく唐国へ渡る事ができた。
それからの大師はふかく不動明王の威徳を感じ、帰国ののち一双三礼の精神をこめて、不動明王と従者のコンガラ童子、セイタカ童子の像をきざみ開眼供養したのが、成田不動尊であると縁起は語っている。
弘法大師
奉納 郷土出身 高瀬信彦画

弘法堂では、「交通安全」「災難除け」にご利益のあるとされる弘法様の一年守りが200円で販売されています。
利生院 一年守り

弘法大師様にお参りさせていただいたあと
利生院 弘法大師

一年守りを一袋購入させていただきました。
利生院 一年守り 購入

中身はこのようになっています。
利生院 一年守り 中身

利生院の見どころ(弘法様の一年守り)

利生院の一年守りは、小さな木札をお守りにしたもので、裏に住所と氏名を自分で書いて、カバンや自転車に付けるもの。自転車事故でこのお守りが割れて身代りになってくれたといった感謝の言葉が伝わっているといいます。

こちらは「マニ車」といって中にはたくさんお経が納められているそうです。
利生院 マニ車

こちらのマニ車は、50番札所大御堂寺から譲られたものだそうで、「オンマニパドマフン」と唱えながら右手で回すと、お経を100万回唱えたのと同じくらいの功徳が貰えるとのこと。早速妻と代わる代わる回しました。



大府市にある3番札所普門寺には「浄め石」があります。石柱にはめこまれている輪状の石を回して諸願成就を願うものです。

利生院から修行大師(上ノ山公園)への行き方

修行大師が祀られている上ノ山公園は、医王寺裏の高台にあります。利生院からは徒歩10分ほどですが、急な階段や山道を歩きますので、足腰に自信のない方は車で行かれる事をおすすめします。今回私たちは、歩いて行きましたので、修行大師が祀られている上ノ山公園までの徒歩でのルートをご案内します。

まず利生院を出て左(医王寺方面)へ進みます。
修行大師 ルート

突き当りにこちらの看板が見えてきますので看板どおり右に進みます。
修行大師 ルート2

しばらく進むとこちらの看板が見えてきますので矢印のとおり進みます。
修行大師 ルート3

いよいよここからきつい道に入っていきます。まずはこちらの急な階段を登ります。
修行大師 ルート4

道幅も狭くすぐ横はちょっとした崖です^^;
修行大師 ルート5

ですので、慎重に登っていかないといけません。
修行大師 ルート6

途中、このような絶景に出逢えて嬉しかったですが、
修行大師 ルート7

修行大師まではまだまだです。更に階段を登り
修行大師 ルート8

道なき道を進んでいくと
修行大師 ルート9

ようやく遠くのほうに、赤い修行大師ののぼりと修行大師の姿がみえてきました!
修行大師 ルート10

そして、ついに修行大師が!!距離はそれほど長くはないのですが、急な上り坂が続きましたのでここに辿り着くまでは結構きつかったです。
修行大師 急な坂道

こちらが修行大師さま。
修行大師 ルート12

像の下にはお砂踏み霊場。
上ノ山公園 お砂踏み霊場

そして由緒が刻まれた石碑が建っていました
修行大師 石碑

上ノ山公園「修行大師」建立由緒
かつてこの場所には、利生院第二十七世真覚宝印並びに知多半島内外の篤信者によって、お大師さま 留錫の事跡を後世に伝えるために八十八体の大師尊像を祀り、「お砂踏み霊場」として信仰を集め、戦前まで「桜の名所」として人々の目を楽しませていた。
しかし、心ない者達によって霊場は荒らされ。首が折らた石像の無残な姿に人々は悲しみと怒りを憶え涙を流した。
平成20年、知多四国霊場開創二百年を迎えるに当たり、修行大師尊像を建立して八十八体の石像をそのお足下に納め、人々の憩いの場として、上ノ山復元の大願を起こし、篤信者各位の浄財を賜り無事完成の運びとなった。

宝乗院のご住職から「米粒みたいに小さいですが上陸大師の姿が見られますよ」とお聞きしていました。本当に小さかったですが修行大師から上陸大師を拝むことができ満足でした。
修行大師 上陸大師 米粒 大きさ

上陸大師の納経所は、33番札所北室院になりますので、御朱印は北室院でいただきます。紙で貰えますが(100円/1枚)、納経帳の最後にある余白ページに貼り付ければ良いそうです。東海テレビスイッチの番組内で、ご住職が高井アナウンサーにそう伝えておられました。

31番利生院から32番宝乗院へのルート

宝乗院は利生院の目の前にあります。

近くにある飲食店

カフェ&レスト「やまびこ」 営業時間は8時から5時 定休日は木曜日と金曜日になっています。

知多四国のおすすめ本

このブログを作りにあたって、たくさんの知多四国に関する本を参考にさせていただきました。その中でも特におすすめの書籍等を厳選し、ご紹介させていただきます。
知多四国のおすすめ本

最後に・・・


利生院 災難除けに ご利益ねがい 一年守り カバンに付けた

利生院は、弘法様の一年守りとして有名だと知り、即購入。帰宅後、一年無事に過ごせるよう願いを込めながらさっそくかばんにとりつけました^^

以上【知多四国31番利生院の由来・見どころ・回り方(弘法様の一年守りなど)】でした。

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