38番正法禅寺について
正法禅寺の本堂前にある小さな梵鐘には「伊勢国度会郡」と記銘されています。
ここは昔、三重県であったという証。篠島が伊勢と繋がりがあることを照明する梵鐘です。
では、知多四国38番正法禅寺について、具体的な情報を見ていきましょう。
知多四国三十八番龍門山正法禅寺曹洞宗の基本情報
本尊 | 釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ) |
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開山 | 鳳山仙麟等膳大和尚(ほうざんせんりんとうぜんだいおしょう) |
開基 | 説宗讚大和尚(せつそうさんだいおしょう) |
御本尊真言 | のうまく さまんだ ぼだなん ばく |
御詠歌 | 御仏の 救世の船に 棹さして わたる篠島 正法の寺 |
住所 | 〒470-3505 愛知県知多郡南知多町篠島神戸219 |
電話番号 | 0569-67-2130 |
ホームページ | |
公共交通機関 | 篠島港より約0.9㎞ |
札所までのアクセス | 篠島港より約0.9㎞/番外札所西方寺まで約0.3㎞ |
地図 |
正法禅寺のミニ由来
- 貞治元年(1362年)開創。
- 駿府で今川義元の人質になっていた松平竹千代(徳川家康)を、開山の大和尚が救い出し、70日間世話をしたという逸話が残っている。
- 以来、家康の帰依は深く、大和尚は十万石の大名待遇を受けたと伝えられている。
- 明治6年寺子屋「龍門学校」を開き、篠島学問発祥の地となった。
由来を別の角度から深掘りしてみた
正法禅寺が開創した室町時代は、「五山制度」が成立し、幕府から五山の称号を与えられた寺は、手厚く特別な優遇措置を受けることになりました。
しっかりと幕府から守られた中で活動ができた僧たちは、政治や文化の面で活躍し、中には莫大な富も得ることに成功した僧もいたといいます。
そのため、守護大名や将軍家までもが借金を申し込むほどの経済力があったとか。
今も昔も、庶民には想像すらできない、桁外れな金持ちっているんですね。
それでは、実際に正法禅寺を参拝させていただいたときの様子を、写真を交えながらご紹介させていただきましょう。
写真で見る正法禅寺
師崎港切符売り場で大人2名分の乗船券を購入。二人合わせて3000円です。
こちらの高速船で篠島へ向かいます。前方の座席は揺れが激しいため、船酔いが心配な人はできるだけ後方に座ることをおすすめします。
乗船時間は10分ほどで篠島に到着です。
正法禅寺は篠島港から約1㎞。のんびりと海岸線沿いを歩いて行くのが一番分かりやすいかと。こちらはちょっと一休み中の妻。
所々看板がありますので安心です。
郵便局の横を通り過ぎ、こちらの民宿「妙子」の横を行きます。
看板通りに行けば
正法禅寺に到着です^^
山主さんのお言葉が掲示されていましたのでご紹介します。
やろうと思えば何でもできる
できないのはやろうと思わないからである
やろうとする事は他のためではなく自分のためになるのだ
あまりに立派な石柱に見とれ思わず一枚撮ってしまいました。
釈迦牟尼仏が祀られている本堂
大師堂
弘法大師は「身代り大師」とも呼ばれ、交通事故にあっても無傷であった例もあるなど霊験あらたかです。
金銀銅鉄をもって鋳造された「龍門の梵鐘」は、南知多町の文化財に指定されています。
龍門の梵鐘には「伊勢度会郡郡山山田庄次橋郷篠嶋村龍門山正法寺」の銘が彫られ、かつては篠島が伊勢神宮領だったことを表しているとのこと。
参拝を終え、御朱印をいただきましたので、次は番外札所西方寺へ向かいます。
38番正法禅寺から番外札所西方寺へのルート
正法禅寺を出発し墓の中を通って行きます。
途中看板がでてきますので、それに従って行けば
西方寺に到着です。
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最後に・・・
物心ついたときから、篠島は愛知県でしたので、昔は三重県だったといわれても、正直にわかには信じ難いですが、梵鐘の「伊勢度会郡郡山」の銘が動かぬ証拠ですね。
以上【知多四国38番正法禅寺の由来・見どころ・回り方(龍門の梵鐘など)】でした。